切手と遊ぶ発見ミュージアム

切手旅第8回「徳島 鳴門」

切手旅の第8回の舞台は、徳島県の鳴門市です。
今回はちょっと趣向を変えて3枚の切手をキーワードにして、鳴門市のさまざまな魅力をご紹介したいと思います。
登場する切手は、
・1985(昭和60)年発行の「大鳴門橋開通記念」
・2004(平成16)年発行のふるさと切手「四国八十八ヶ所の文化遺産Ⅰ」から霊山寺
・坂東俘虜収容所内で使用された「板東収容所切手」
です。すでに鳴門の魅力の多面性が伺えますね。それでは鳴門の旅へ、出発!
 

世界最大級の渦潮を通年見られる、鳴門海峡

 
1985年完成の「大鳴門橋」。上層階は往復6車線の自動車道、下層階は新幹線車両が
複線走行できる鉄道になっています(写真提供:(一財)徳島県観光協会)
 
鳴門市は徳島県の北東の端に位置し、北部には淡路島と向かいあうように鳴門海峡があり、北に播磨灘・東に紀伊水道を望む景勝地として知られています。夏には徳島県内で先陣を切って阿波踊りが開催されます。

鳴門と聞いて多くの人が真っ先に思い浮かべるのは、やはり渦潮ではないでしょうか。潮の満ち引きによってできる自然現象で、通年見られる渦潮としては世界最大級といわれ、春と秋の大潮時には直径15〜20m以上にもなります。
この海峡に架けられたのが、道路・鉄道併用橋としては1985年の完成当時、世界最長を誇った大鳴門橋です。
 
「瀬戸内海をまたいで本州と四国を橋で結ぼうという構想は、明治の昔にさかのぼることができます。以来100年もの間、“夢のかけ橋”の実現を地域住民は待ち望んできたのです。
この構想が具体的になったのは、1940年、内務省神戸土木出張所長をつとめていた原口忠次郎氏の「鳴門海峡架橋構想」からとされています。しかし、当時の海軍から「狭い海峡に橋など架けては軍艦が通れなくなるからヤメロ」と一喝され、立ち消えになったといわれます。
神戸市長になった原口氏は、その後も“夢のかけ橋”への情熱を燃やしつづけ、1957年の市議会に、政治生命をかけて建設調査費350万円を計上しました。このとき、架橋実現への第1歩が踏み出されたのです。」『郵趣』1985年8月号
 
 
総工費1650億円、9年の歳月をかけて作られた全長1629mの大つり橋は、明治時代からの悲願でもあったんですね。使われた資材の量も鋼材7トン、コンクリート総量140トン、ワイヤ素線の総延長は約6万7000キロ(地球1.7周分)と、当時としては桁外れなことで話題となり、また、海峡の地形や潮流、霧などの自然条件の厳しさに加え、台風や地震などの災害も考慮した工事は、非常に難しいものだったそうです。
 
「さらには国立公園指定地域内での建設のため、美観を損ねないという配慮はもちろんのこと、環境の保全にも慎重が期されています。潮流にできるだけ影響がないように橋脚がおかれ、その建設時に海を汚さないように細心の注意がはらわれました。たとえば、アクが出るようなセメントは一切使われていません。」『郵趣』1985年8月号
 
 
この最新鋭の橋の開通を記念して発行されたのが、「大鳴門橋開通記念」切手です。鳴門側から見た橋と渦潮を組み合わせた図案で、原画作者は切手技官の大塚均、薄い緑・鈍い青味紫・緑味青・黒のグラビア4色刷り、発行枚数は3000枚。主役である大鳴門橋が写実的に表現されている一方、渦潮は線画のデザインで表されていて、双方が引き立て合うお洒落な図案だなと思います。
 
 「大鳴門橋開通記念」(1985年発行)
 
ところで渦潮は、いつでも見られるわけではないことをご存じですか? 潮の流れない時間帯はいたって穏やかな海面が、1日2回の干潮・満潮時なるとにわかに動き出し、意志を持っているかのように渦を巻くのです。
そのメカニズムは、鳴門海峡の1340mという幅の狭さと、岸の近くは浅く中央部が急に深い(80~90m)地形によるとされています。この海面に潮の満ち引きによって水位の差ができ、海水は海面の高い方から低い方へと激しい勢いで流れ込み、中央の水深が深く早い流れと両側の浅く遅い流れとの速度差により、渦が生まれるのです。だいたい干潮・満潮時の前後1~2時間ぐらいが見ごろといわれています。
 
渦潮を間近に体感できる観潮船。私は大潮の日を狙って乗船しましたが、
風が強くて渦の巻きはイマイチ。渦のでき方には風も大きく関係するそうです
 
渦潮を間近で体感するなら、観潮船に乗ってみましょう。海が川のように流れ、あちこちで渦を巻き、海の中に滝ができたかのように水が流れ飲み込まれていく様子は、スリル満点!一見の価値ありです。特に今ごろ、3月下旬から4月下旬は一年でもっともよい渦潮観察の時期だそう。巻き込まれやしないかと、ドキドキしながらの乗船、ぜひ一度お試しあれ。
 
大鳴門橋の橋桁に造られた海上遊歩道「渦の道」。海上45mのガラス床から渦潮を観察することができます
 
船に乗るのは怖すぎる、という方は、大鳴門橋に併設された大鳴門橋遊歩道「渦の道」を歩いてみましょう。足元がガラス張りになって透けていて、渦潮を見ることができます。また、橋のたもと一帯は公園として整備されており、「大鳴門橋架橋記念館エディ」で橋についても学ぶことができます。

そしてこの時期、渦潮見物以外にも楽しみなものがあります。
それは「鳴門鯛」「鳴門わかめ」「鳴門金時」の鳴門グルメです。春先の「鳴門鯛」は桜鯛と呼ばれ、赤身が一層増して身がキュッと締まり、適度に脂も乗って特においしくなります。鳴門海峡の渦にもまれた鯛は、骨にコブができるほど鍛えられ、それがコリコリとした歯ごたえと旨みになります。
 
橋の近くの飲食店では、鳴門鯛の鯛丼やお寿司がいただけます。いつも食べている鯛よりも
ずっと歯ごたえがあり、あの渦潮の中を泳ぎ切るんだからなぁと納得の味でした
 
「鳴門わかめ」は、鮮やかな緑色と肉厚で弾力に富んだ葉が特徴で、1〜3月が旬。水に戻してもふやけすぎず、磯の香りが豊かで、わかめって主役になれるんだぁと驚くこと間違いなし。また「なると金時」は、鮮やかな紅色の皮と黄色い身が特徴。ミネラルたっぷりの砂地で育つ身は、甘くてホクホクとしていて、焼芋にぴったりです。7月上旬〜9月下旬が収穫期ですが、寝かすことで熟成されて1〜3月頃には甘みが増して、ますますおいしくなっています。

こうして書いているだけで、また鳴門に行きたくなってきました。旅程を組むときは、ぜひ大潮の日にあわせてみましょう。気象条件が良ければ、地元の漁師さんでも恐れることがあるというダイナミックな渦潮に出会えますよ。
 

発心の道場、徳島からお遍路さんをはじめてみよう!

 
鳴門海峡を後にして、今度はJR鳴門駅からバスで30分ほどのところにある霊山寺を訪ねます。四国の魅力のひとつとして知られているのが、弘法大師によって約1200年前に開かれたとされる四国八十八ヵ所霊場巡り。八十八ヵ所の霊場を巡拝する道のりは、四国4県でおよそ1450kmにも及びますが、いつか一度は巡ってみたいとお思いの方も多いのではないでしょうか。

お遍路とはこの八十八カ所の霊場を結ぶ道や巡拝する人を指し、お遍路をするにあたっては「十善戒」の誓いやルール、参拝の作法、独特の用語や装束などがあります。「十善戒」とは、お遍路を始めるにあたり、生き物を殺さない、盗まない、偽りを言わない、などの10の誓いをたてて、弘法大師の弟子になることを指します。また、「昔、お大師様が橋の下で一夜を過ごしたことから、橋の上では金剛杖は突いてはいけない」とか「首に掛ける輪袈裟は仏さまに対しての正装を意味するので、付けたままお手洗いなど不浄な場所へ入ってはいけない」などのルールがあります。
 
私のお遍路グッズ。実は15年ほど前に歩き遍路を始めてみたものの、日々に忙殺されて四国は遠く…。
いつか必ず再びお遍路さんとなり、結願したいと思っています
 
徳島は発心の道場といわれ、鳴門市内には一番札所・霊山寺と二番札所・極楽寺があります。発心とは悟りを求め、仏道修行を行おうと決意すること。巡礼はどの札所から始めても構わないのですが、やはり一番から始める人が多く、鳴門はお遍路を思い立った人が最初に向かう場所ともいえるかもしれません。
 
この八十八ヵ所霊場を網羅した切手が、四国4県のふるさと切手「四国八十八ヶ所の文化遺産」シリーズです。88の寺院に、高知県の神明窟(若き弘法大師が悟りを開いた場所とされる)と愛媛県の弘法大師像のふたつを加えた全90種、第5集まで発行されました。
原画作者は世界遺産や国宝仏像などの作品で知られる、徳島県出身の写真家・三好和義氏。採用された図案は御堂や仏像、御神木や境内の風景などバラエティーに富んでいて、まるで写真集のよう。横4×縦5の20種の連刷シートで、1種ごとにバラで買えないのが難点ですが、全部コンプリートしたいというマニア心を刺激する切手です。
 

2004(平成16)年発行のふるさと切手「四国八十八ヶ所の文化遺産Ⅰ」から霊山寺。
一番札所・霊山寺は「一番さん」と呼び親しまれていて、天平年間に行基が開いたという古刹です

2004(平成16)年発行のふるさと切手「四国八十八ヶ所の文化遺産Ⅰ」シート。
被写体が一様ではないところに、カメラマンの視点を感じることができ、見ているだけで楽しくなります

 
当時の『郵趣ウィークリー』(2004年47号)には、四国で「四国八十八ヶ所の文化遺産第1集」を買うと、紅葉の中を歩くお遍路さんを背景にし、内側には第1集で使用された20ヵ寺の解説がついた特製台紙が付く、という読者投稿が掲載されています。編集部が日本郵政公社四国支社に確認すると、「四国支社管内の郵便局で直接シートを購入すると特製台紙を付けている。5万枚を用意したが、切手の売れ行きが大変好調なため、在庫は確実に半分を下回っている」ということで、四国に行ってでも入手したい方はお早めに、と結んでいました。当時はまだSNSも普及していないので、こうした地方のレア情報は貴重だったようです。今はインターネットを介して情報共有できて、便利な時代になりました。
 
さて、切手を見ていたらお遍路さんに挑戦してみたくなってきたのでは? 道場や修行という言葉を聞くと身構えてしまいますが、前述した決まり事さえ守れば、あとは自分の心と体力次第。めぐり方は意外にも自由です。歩きで巡拝する「歩き遍路」が有名ですが、マイカーで巡る「車遍路」、バスツアーを使った「バス遍路」、自転車で踏破する「自転車遍路」もあるそう。いずれにしても気候の良い時期がおすすめですから、今年一年は体力作りをして、来春から初めてみるというのも良いかもしれませんね。
 
 山門に立つお遍路レディ。本堂の脇にある売店では、こうした装束などの必要なアイテムを
揃えることができるほか、初心者には様々な巡拝のアドバイスもしてくれます
 
私が道中で出会った50回目の歩き遍路だというベテランの方には、
「寺に詣でるだけが遍路ではない。いろいろな人や景色やものに出会い、見聞し、はだかの自分と向きあえるようになる」
という言葉をいただきました。
修行というと、かなりストイックに自分と向き合わなければいけないような気がしますが、むしろオープンマインドでいることが大切なのかもしませんね。アフターコロナには、私もゆっくりとお遍路さんを再開していきたいです。
 
お遍路道のオアシス「お接待所」。「お接待」とは、地元の方がお茶やお菓子、
食事などをふるまったり、宿を提供したりする独特の風習を指します。疲れた足を休め、
ちょっと甘いものをいただくだけで、次の札所まで頑張れる気がしてきます
 

大正時代に花開いたドイツと日本の交流の地「坂東俘虜収容所」

 

せっかく鳴門まで来たのですから、お遍路さんを始めるわけではなくても、旅の記念に一番札所の霊山寺から二番札所の極楽寺まで、お遍路道を歩いてみてはいかがでしょうか。独自の文化とお接待の心に触れることでの気持ちの変化もまた、旅の効用といえますよね。
実はこの道中に、ぜひ立ち寄っていただきたい場所があるんです。それが坂東俘虜収容所跡地と日本ドイツ館です。

坂東俘虜収容所跡地。ここでドイツ兵俘虜約1000人が暮らし、さまざまな文化活動を行い、
地元の人たちと交流を図りました。独特なアーチ灯は当時の面影を残しています

坂東俘虜収容所とは、第一次世界大戦末期の1917(大正6)年4月~1920(大正9)年12月までの2年8カ月の間、ドイツ兵俘虜約1000人が抑留生活を送った場所のこと。収容所と聞くと過酷な生活を強いたようなイメージがありますが、人道的でリベラルな考えの持ち主であった松江豊寿所長の計らいにより、俘虜たちは様々な活動が許され、比較的自由な生活を送ることができたとされています。
彼らは音楽や演劇などの芸術活動や、パン、ソーセージなどの食品製造をはじめ、自ら小屋を建てて靴屋、錠前屋、指物師、仕立屋、時計屋、散髪屋などを開き、その様子は小さなドイツのようだったといいます。この世界的にも珍しいという俘虜収容所の生活の様子を伝えているのが、鳴門市ドイツ館です。
 
ドイツ気分が味わえる、鳴門市ドイツ館。一帯はドイツ村公園として整備され、道の駅も併設しています。
季節に応じてドイツビール祭りやクリスマスマーケットなども開かれています
 
さて「坂東俘虜収容所」という名称を聞いてピンときた方は、きっと音楽好きか切手好きの方ではないでしょうか? 今では年末の風物詩のひとつともいえるベートーヴェンの「交響曲第九番」ですが、「第九」が日本で初演されたのがこの収容所だったのです。
当時、収容所にはオーケストラ、吹奏楽団、合唱団が各2組ずつあり、盛んに音楽活動を行っていました。
 
ヘルマン・リヒャルト・ハンゼン率いる、徳島オーケストラの演奏風景。
第九初演の際にはおよそ2カ月前からリハーサルを行ったことが『坂東日刊電報通信』に
報じられています(『「第九」と日本 出会いの歴史』より)
 
1918年6月1日に開催された「交響曲第9番全曲コンサート・プログラム」の
1ページと、その日本語訳(『「第九」と日本 出会いの歴史』より)
 
コンサート開催にあたっては、こうしてちゃんとプログラムが作られていたなんて、本格的ですよね。収容所内では新聞『坂東日刊電報通信』や『ディ・バラッケ』が刷られ、これらが残されていることにより、俘虜たちの日常生活が鮮明に浮き上がってきます。
 
実はこの印刷物の多さもまた、坂東俘虜収容所の特色のひとつ。印刷所は、手刷り謄写版による印刷を行う「収容所印刷所」と、石版印刷を行う「石版印刷所」のふたつがあり、新聞や演奏・演劇の公演プログラム、展覧会ポスターなど、収容所内の活動に応じて多岐に渡る印刷物が作られていたのです。そして、なんと切手も刷られていたのです。
 
切手収集家垂涎の「板東収容所切手」。2銭(上)と5銭(下)の2種、
孔版(謄写版)多色刷、うすクリーム着色洋紙、すかしなし
 
2銭切手は哨舎(笠松と歩哨小屋)、5銭切手は収容所の建物(兵卒俘虜廠舎の正面)が描かれています。素朴なタッチの画が謄写版(ガリ版)で刷られていて、色合いも優しくて“カワイイ”切手ですが、収集家でもなかなかお目にかかることができないレア切手です。
これらの切手は収容所内で独自に運営された郵便局で発行されたもので、正式な「切手」ではないものの、収容所独自の郵便制度の証拠になるため、収集家の間では「切手」として扱われています。俘虜たちの文化的な楽しみのひとつとして、また、日ごろ面と向かって言えない感謝の意などを伝えるツールとして用いられていたのかなと思うと、手紙文化の根源が見えるような気がします。
 
模型や写真でわかりやすく俘虜たちの生活を紹介する鳴門ドイツ館展示室(写真提供:(一財)徳島県観光協会)
 
こうした、貴重な史料が展示されている鳴門ドイツ館では、ドイツ兵たちの活動や地域住民との交流の様子を学ぶことができます。「坂東収容所切手」はもちろん、収容所のジオラマや印刷物、写真などの展示のほか、第九が初演されたエピソードを映像とロボットで解説する「第九シアター」も必見です。ぜひ、鳴門で結ばれたドイツと日本の交流の証を見に、立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
 
我々には耳馴染みのある「第九」ですが、初めて聞いた聴衆の感想はどんなものだった
のでしょうか。鳴門市では、第九が初演された6月1日を”第九の日”と定めており、
6月の第一日曜日には演奏会を開催しています(写真提供:(一財)徳島県観光協会)

 

鳴門渦潮と日本ドイツ館の風景印

 
大鳴門橋、鳴門の渦潮、鳴門鯛が描かれた、鳴門郵便局の風景印
 
今回は鳴門郵便局と坂東郵便局から、風景印(※1)を郵頼(※2)でいただきました。

鳴門郵便局は、今回の切手旅にぴったりの鳴門名物がつまったデザイン。これは旅の記念に欲しくなる図案です(ブレてしまったのが残念!)。

この切手旅では郵頼がほとんどですが、風景印は郵便局で直接いただくこともできます。はがき料金以上の切手を貼ったはがきや封書、台紙を用意して「風景印の記念押印をお願いします」と窓口で頼めば、風景印を押して手元に返してくれます。切手旅を参考にして鳴門を訪ねた折には、ぜひお土産にいただいてみては?

鳴門市ドイツ館が描かれた、坂東郵便局の風景印
 
もうひとつは鳴門市ドイツ館が描かれた坂東郵便局の風景印。一見、日本ではないみたいな建物のデザインは、誰かにお便りを送るときに使うとおもしろそうです。消印でドイツ旅気分を演出してみてはいかがでしょうか。
 
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気候も良くなってきて、旅心がウズウズしますね(渦潮と掛けたわけではありませんよ!笑)。今年はまだ、思うように旅ができないかもしれませんが、いつかの旅立ちにむけて、体力作りだけはしておかないと、と思う今日この頃です。鳴門で美味しいものをたくさん食べて、お遍路を続けるためにも、がんばりたいと思います。皆さんもぜひ、できることから取り組んでみては。次回もお楽しみに。
 
※1 風景印とは消印の一種で、風景入り通信日付印の略称。大きさは直径36ミリ。郵便局のある地域の名所旧跡や特産品、ランドマークなどが描かれています。手紙やはがきを出すときに、郵便局員さんに「風景印でお願いします」といえば、風景印を押して配達してくれます。また、はがき料金(2020年現在は63円)以上の切手を貼ったはがきや封書、台紙を用意して「風景印の記念押印」をお願いすれば、風景印を押して手元に返してもらえます。これを再び投函・郵送することはできませんが、記念品として手元に残すことができるので、風景印を集めることを趣味としている郵趣家もたくさんいます。
※2 「郵頼」とは、文字通り郵便を使って風景印を頼む方法。どこに風景印を押印してほしいのかを記載した指示書とともに、63円以上の切手を貼った台紙(封筒でも官製はがきでもポストカードでも可)と返信用の封筒(宛先と84円切手を貼付)を添えて郵送します。指示書は端的に、明確な文章を心掛けましょう。「〇〇郵便局 風景印押印 ご担当者様」宛で、どこに、どう風景印を押印してほしいのかを図示し、日付の指定があれば明記します。どうして貴局の風景印が欲しいのか、などの細かな理由を長々と記載する必要はありません。「郵頼」の対応は、郵便局員さんが業務の合間に善意でやってくれることなので、わかりやすい指示書が好まれます。
 
【参考文献】
・『郵趣』1985年6月号 日本郵趣協会発行
・『郵趣』1985年8月号 日本郵趣協会発行
・『郵趣』2004年11月号 日本郵趣協会発行
・『郵趣ウィークリー』1985年4月26日・16号 日本郵趣協会発行
・『郵趣ウィークリー』2004年11月26日・47号 日本郵趣協会発行
・『切手』1985年2月9日 日本郵便切手普及協会発行
・『切手』1985年4月20日 日本郵便切手普及協会発行
・『切手』1985年6月1日 日本郵便切手普及協会発行
・『原色日本切手図鑑』1986年版 日本郵趣協会発行 1985年4月
・『昭和終焉の時代 1985-1988』(解説・戦後記念切手Ⅶ) 内藤陽介 日本郵趣出版発行 2009年12月
・『もの知り切手用語集』改訂版第9刷 日本郵趣協会発行 2019年
・『「第九」と日本出会いの歴史―坂東ドイツ人俘虜収容所の演奏会と文化活動の記録―』 ベートーヴェン・ハウスボン編/ニコレ・ケンプケン著/ヤスヨ・テラシマ=ヴェアハーン訳/大沼幸雄監訳 彩流社発行 2011年9月
・『ドイツ俘虜の郵便 1914-1920』 H・ルーファ/W・ルンガス共著/吉田景保訳注 駅逓郵趣会 1978年10月
 
【参考ホームページ】
徳島県観光情報サイト 阿波ナビ https://www.awanavi.jp/
一般社団法人 鳴門市うずしお観光協会 http://www.naruto-kankou.jp/
鳴門市ドイツ館  http://doitsukan.com/
四国お遍路(八十八ヶ所) 巡拝用品通販 四国お遍路.com http://www.459ohenro.com/
大鳴門橋遊歩道 渦の道 https://www.uzunomichi.jp/
大鳴門橋架橋記念館エディ https://www.uzunomichi.jp/usage-guide-eddy/
 
【写真協力】
・徳島県観光情報サイト 阿波ナビ
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