切手旅第20回の舞台は、和歌山県のみなべ町と田辺市です。
ご紹介する切手は、2017(平成29)年発行の「和の食文化シリーズ」第3集「おむすび(うめぼし)」です。いつもなら、切手に描かれた場所を旅するのが基本ですが、今回は梅にフォーカスをあてて、和歌山を旅してみましょう。
みなべ町と田辺市ってどんなところ?
紀伊半島の左半分を占める和歌山県。その中央からやや南寄りの沿岸部に隣接して、みなべ町と田辺市は位置しています。みなべ町は2004(平成16)年に南部町と南部川村が合併して誕生、また、田辺市は2005(平成17)年に龍神村、中辺路町、大塔村、本宮町と合併し、新・田辺市として新たなスタートを切っています。
いずれも紀伊水道を望む海岸部には市街地が開けていますが、大半は丘陵部から山間部で形成されています。そして今回の旅の主役である梅が、町の花・市の花に定められており、早春には丘陵に広がる梅林が白く咲き誇ります。
春には多くの梅見客でにぎわう南部梅林(写真提供:公益社団法人 和歌山県観光連盟)
梅は県の花でもあるため、1990年「47都道府県の花」、2006年「近畿6県 近畿の花」、2008年「ふるさとの花 第2集」、2011年「国土緑化」など、過去の和歌山県のふるさと切手は梅花でいっぱい。切手の梅でお花見ができそうです。
1月末から2月下旬にかけて「一目百万、香り十里」と称されるみなべ町の南部梅林や、「一目30万本」と謳われる田辺市の紀州石神田辺梅林をはじめ、あちこちで清楚な香りと可憐な花が春の訪れを知らせてくれます。しかしこれらの梅、目と鼻を楽しませてくれるだけではないんです。梅の栽培と加工は、古くからみなべ・田辺を支えた基幹産業。とくに、1965年に統一品種として選抜された「南高梅(なんこううめ)」は、梅干しの最高級品として知られています。和歌山といえば梅干しが思い浮かぶ、という方はぜひお出かけいただきたい、梅干し好きの聖地です。
ふっくら大きくて柔らかい、最高級梅干しの南高梅
和歌山県の梅の生産量は約4万トン(2020年農水省作物統計)で、国内の60%近くの生産量を占める日本一の生産地。2位の群馬県でも約5000トンですから、ずば抜けて多いことがわかります。作付面積は全体の約7割をみなべ・田辺が占めており、まさに高級梅のふるさとです。
ちなみに和歌山県は温暖な気候で日照時間が長く、降水量の多い地域と少ない地域を有することから果樹の栽培が盛んで、梅だけでなく、みかんや柿、はっさく、セミノール、じゃばら、きよみ、いちじく、山椒も日本一の生産量を誇る「果樹王国」でもあります。
このみなべ町と田辺市にはおもしろい条例があります。みなべ町は「みなべ町紀州南高梅使用のおにぎり及び梅干しの普及に関する条例」、田辺市は「田辺市紀州梅酒による乾杯及び梅干しの普及に関する条例」。条例といっても強制力や罰則はなく、「なるべくおにぎりは南高梅の梅干し入りを」「できるなら乾杯は梅酒で挙げてもらえれば」というお願いベースなものだそうですが、なんとも梅干し普及への思いが詰まった条例です。この話を聞いた瞬間、ゴリ押ししない梅干し推しの姿勢に「応援しますとも!」という気になってしまいました。
「みなべ町紀州南高梅使用のおにごり及び梅干しの普及に
関する条例」公布のパンフレット。おにぎりが美味しそうです!
そしてポスターにも載っているように、6月6日は「梅の日」に定められています。
「今をさかのぼること四百七十余年の昔(1545年・室町時代)、日本中に晴天が続き、作物が育たず、田植えもできず人々が困り果てていました。折しも六月六日、神様のお告げにより、時の天皇(後奈良天皇)が賀茂神社に詣で、梅を賀茂別雷神に奉納して祈ったところ、たちまち雷鳴とともに大雨が降りはじめ、五穀豊穣をもたらしました。紀州梅の会は、平成18年、その故事にちなみ、6月6日を「梅の日」と定めました。」
この故事が記された『御湯殿上の日記』は、宮中に仕える女官の控えの間に備え付けられた日記。他にも、その五穀豊穣をもたらした雨を人々は「梅雨」と呼んだことや、薬効高く貴重な梅を天皇や上司に献上したことがお中元の原型とされていることなどが記されているのだそう。私は「梅雨」の語源を、梅の収穫時期に降る雨だからと小さい頃に教わった記憶があったのですが、本来は梅を捧げたことでもたらされた恵の雨であったのだと知り、目から鱗が落ちました。現在でも6月6日の梅の日には、京都の上賀茂神社・下鴨神社や熊野本宮大社、須賀神社で神事が執り行われるほか、内閣総理大臣へ梅の献上が行われています。
と、こう書いてくると、もう見どころは梅しか無いような気がしてきますが、もちろんそんなことはありません。みなべ町の千里の浜は本州一のアカウミガメの産卵地で、熊野古道紀伊路で唯一の海岸ルートとして一見の価値あり。そして田辺市は熊野古道で一番人気のある中辺路(なかへち)の入口にあり、熊野本宮大社を目指す多くの人が集います。さらにお隣の白浜町には、真っ白な砂浜のビーチ「白良浜」や、日本一のパンダの飼育数を誇る「アドベンチャーワールド」があります。
これぞ和歌山旅のハイライトといえる観光資産に目が持っていかれがちではありますが、そこに梅をプラスする楽しさを知っていただきたい。それが梅好きの私の今回の切手旅の願いです。
「梅干しおむすび」が切手になるまで
先ほど、和歌山の梅の花を描いた切手はたくさんあると紹介しましたが、実の方となると残念ながら切手にはなっておらず、かろうじて2011年発行のふるさと切手「国土緑化」のタブ(切手シートの余白部分)に実が描かれているのみ。唯一、2014年に発行された「野菜とくだものシリーズ」第2集に「うめ」があるのですが、これはみなべ・田辺の梅とは言えません。
ということでたどり着いたのが、今回の切手。みなべ町に「梅干しおにぎり条例」があることから、この一枚を選んでみました。「和の食文化シリーズ」の第3集として2017年に発行されたおにぎりをメインとした切手シートから「おむすび(うめぼし)」です。
この切手旅では割合に古い切手、そしてお堅い切手の紹介が多めでしたが、今回は5年前と新しく、なおかつ三角形の変形切手! 新鮮な一枚です。原画は日本郵政株式会社の切手デザイナー・星山理佳氏、オフセット5色刷で発行数は150万シート(1シートに10種)でした。また、助言・監修は一般社団法人和食文化国民会議 名誉会長・MIHO MUSEUM館長の熊倉功夫氏と梅花女子大学食文化学部 准教授の東四栁祥子氏、切手を印刷した製造所を示す銘版は凸版印刷です。
「「和の食文化シリーズ」第3集(シール式82円10種)が、10月24日(火)に発行される(日本郵便株式会社8/24発表)。ユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」について、その社会性、機能性、地域性などを題材としたシリーズの第3弾として発行されるもので、今回は「生活に根ざした米料理」をテーマにしている。
切手の題材は、①太巻き、②おむすび(おぼろ昆布)、③おむすび(うめぼし)、④おむすび(鮭)、⑤おむすび(しらす)、⑥いなり寿司、⑦おむすび(赤飯)、⑧天むす、⑨おむすび(ごま塩)、⑩おむすび(豆ご飯)(…中略)
[題材について]
握り飯については、おにぎりやおむすびなど、様々な呼び名があるが、当シリーズでは、人と人をむすぶお手紙にちなみ、「おむすび」という意匠名を採用している。(…中略)
③おむすび(うめぼし):お弁当界の救世主、うめぼし。うめぼしのもつ殺菌・防腐効果は、鎌倉時代より兵糧食に生かさる等、時代の目的に沿った形で重宝されてきた。」
(『郵趣ウィークリー』2017年35号)
見てください、このかわいい切手シート。身近なおむすびたちが切手になって誇らしげに並んでいます。梅干しがお弁当界の救世主だったとは知りませんでしたが、後述するように薬効高く、殺菌・防腐効果もあり、おむすびに入れてもいいし、梅肉巻き・梅肉和えのようにメイン料理を彩る調味料にもなります。梅干しを前にして唾液でご飯を食べる…という倹約家の話もありましたね。確かに万能、救世主です。
デザインを担当した切手デザイナーの星山さんは、既成概念を打ち破る斬新な切手デザインの名手。星山さんの遊び心を表わす代表作のひとつである「和の食文化シリーズ」は、第1集「一汁三菜」は自作のミニチュア制作物で昔ながらの家庭の食卓を表現、第2集「年中行事」は節目を刻む伝統の食を描いたイラスト画で話題を集めており、続いて出された第3集がこの「おむすび」切手でした。『郵趣』2017年11月号には星山さんと、プランナー(※1)の林智恵子さんのお話が掲載されています。
「―「おむすび」型がユニークなシール切手で、SNSなどでも話題になりましたね。
星山:「和食」シリーズは、第1集も第2集もすごく関心を持っていただいてはいたのですが、なかなか数字が伸びなかったんです。今回はある意味開き直って、「万が一打ち切られても思い残すことのないように大胆にやろう!」という気持ちで取り組みました。絵にしたときにインパクトのある和食といえばお寿司かおむすびかなと思い、より一般的な日常の和食であるおむすびをテーマにしました。―デザインする上でどのような点に苦労しましたか。
星山:おむすびをテーマに決めたのはいいけれど、三角形なのか丸なのかなど、地域性があって実はすごく難しくて。考証の先生に相談したり、部署内で出身地と地元でのおむすび・おいなりさんの形を聞いてまわったりしました。―シート地は竹皮をイメージした模様で、裏面にもタコウィンナーや箸の絵が印刷されています。
林:報道資料にはあえて書きませんでしたが、切手シートにはミシン目が入っていて、左右から三つ折りにして畳めるようになっています。そして、実はシート上部を5ミリ幅くらいに細くカッターで切り取ると…。
星山:竹皮ひもになるんです。こうして包んで、誰かに「お弁当ですよ」とあげてもらえたらいいなと。ここはあえてミシン目などは入れなかったのですが、シート上部の微妙なすき間に気付いてくださった方、いらっしゃるでしょうか?」
打ち切り覚悟でのぞんだという第3集。自分の住まう地域では見慣れないおむすびに驚き、見聞をひろめることもできますし、デザインにも伏線が張られています。伝達ツールの主流がメールになった今、こんな楽しさやサプライズがあれば、手紙を書く動機になりそうです。切手旅でご紹介してきた昭和や平成前期の切手づくりとは何もかも違ってきているのを実感します。
さらには、『郵趣』2017年12月号には、こんな追記が載っていました。
「「和の食文化シリーズ」第3集に「こんぶ」「うめ」などの隠し文字
10月24日に発行された「和の食文化シリーズ」第3集で、いくつかの切手の隠し文字が施されていることが分かった。編集部で確認できたのは、「おむすび(おぼろ昆布)」、「おむすび(うめぼし)」、「おむすび(鮭)」、「おむすび(しらす)」の4種。いずれもそれぞれひらがなで、「こんぶ」、「うめ」、「さけ」、「しらす」の文字が隠されている。」
「和の食文化シリーズ」第3集 うめぼし部分を拡大してみると…
どこに「うめ」の字があるか、わかりますか???
なんというこだわりでしょうか。徹底的に楽しませてくれる姿勢を感じます。さぞや、あちこちにアンテナ張りまくりの賑やかなお人柄なのでは? と思いきや、ご本人は至って冷静で理論的。これまで切手の博物館で開催されたトークショーで語られた、切手制作秘話がそれを物語っています。
「(「和の食文化シリーズ」第1集の」)ミニチュアは奇をてらったものではなく、必然的な結果だったと思っています。それまでは切手と「食べ物」は親和性の薄い、遠い題材でした。その両者をいかに近づけるか、知恵を絞って表現したものがミニチュアでした。結果としてこのシリーズがきっかけで食べ物の切手が定着したとすれば、偉大なギフトであったと思います。おかげで「食い意地の張ったデザイナー」として不動の地位を頂きました」
(2021年12月開催スペシャルトークより)
後半は冗談交じりですが、確かにそれまで果物や野菜の切手は出ていましたが、「食べ物」はほとんど無かったことを考えると、大きな功績です。星山さんのこの頃の切手を時系列で並べてみると、2013年の「ふみの日」切手の豆ご飯やそうめん、2014年の「海外グリーティング(差額用)」切手のすしと天婦羅、「冬のグリーティング」切手のアイシングクッキー、2015年の「海外グリーティング(差額用)」切手のラーメンとすき焼き、2016年の「海外グリーティング(差額用)」切手のそばと親子丼、と段階的に食べ物の切手をデザインしており、「和の食文化シリーズ」で一気に花開いたという印象です。そして今では続々と「食べ物」の切手が出ていることを考えると、まさにパイオニアと言えるでしょう。
「いいデザインはアイディア次第。デザインとうまくマッチしていいものが生まれます。デザインと題材の関係は最大公約数のようなもので、2つの違う世界にどこかしら重なる部分があって、その境界線上にヒントがあると思っています。(…中略)
こうやって新しいことにチャレンジしていくのですが、新しいこととはルールを破ってみんなを驚かすことではなく、今あるものを違う視点で見つめ直すということ。以前、年賀はがきのヒツジのマフラーで話題にしてもらいましたが(※2)、あれは時間軸を1本加えたことが年賀状の性質と合って皆さんの共感を得られました。今回(筆者注:組み立てると豆本になる、「和の食文化シリーズ」特別編のこと)は裏糊紙にないシール用紙のポテンシャルを生かすことで“立体”という軸ができました。軸をどれだけ見つけられるかがデザインの力になると思っています。」(『郵趣ウィークリー』2018年49号)
古い切手だと、切手デザイナー本人から直接デザイン論をお聞きする機会はなかなか無いものですが、近年はトークショーの開催も増えているので、現役デザイナーのこれからの切手づくりについて話を聞くことができるのは嬉しい限りです。理論に裏付けされたワクワクをこれからも楽しみにしたいですね。
※1 日本郵便株式会社の切手・葉書室に在籍し、切手デザイナーとコンビを組み、企画やプロモーションなどを担当しています。
※2 平成15年用の年賀はがきではヒツジがマフラーを編んでいるのですが、平成27年用の年賀はがきでは完成したマフラーを首に巻いているという、12年越しのストーリーが大きな反響を呼びました。
梅システムに感服し、梅の効能にびっくり! 梅仕事にも挑戦して、自分だけの梅土産づくり
では、梅を訪ねて和歌山へと旅立ちましょう。
今回の舞台、みなべ町と田辺市には過去にも訪れたことがあったのですが、梅にフォーカスしていなかったため、いざ切手旅を書こうと思ったらわからないことばかり…。ということで、4月の末に和歌山の梅旅に行ってきました。
梅について、どの角度からも学ぶことができる「うめ振興館」
まず向かったのは、みなべ町が運営する「梅の郷ミュージアム みなべ町うめ振興館」。1階は「歴史民俗資料室」になっており、みなべ町が梅と深いかかわりを持つようになった近世にはじまり、歴史を遡りながら古代までを解説、2階は梅を人物・歴史・文学・サイエンス・環境・雑学などで紐解く「うめ資料展示室」、3階は南高梅の加工品を中心に地域の特産物が並ぶ物産販売所《梅の駅みなべ川村》があり、一カ所で梅を様々な側面から学び、親しむことができます。
「うめ資料展示室」では町の鳥・ウグイスがお出迎え
2階の「うめ資料展示室」は、みなべの地質と土壌、気候、様々な梅の種類などの解説からはじまります。粒が大きな南高梅は、梅干しになってしまうと気が付きませんが、実の一部に刷毛で引いたように美しい紅がかかるのが特徴で、とても綺麗な実です。発見者である髙田貞楠氏と、この地に適した優良品種を探す調査に協力した南部高校園芸科の生徒たちへの教育的配慮から「南高梅」と名づけられたそうです。
南高梅発見の経緯の紹介パネル
南高梅、古城梅、南高の実の模型
先に進むと「一目百万、香り十里」の南部梅林のパノラマ展示もあり、季節を問わず満開の絶景を体験することができます。全国の梅の開花前線や名所、実梅の産地などの紹介パネルもあります。
南部梅林のパノラマ展示。コロナの影響で、今年も梅まつりは中止
だったとのこと。はやくこの景色をみんなで愛でられますように
ところで皆さん、和歌山といえばもうひとつ有名なものがあります。焼き鳥好きの人ならピンとくるでしょうか? そう、紀州備長炭です。実は梅栽培と密接な関係があるんです。
世界農業遺産認定「みなべ・田辺の梅システム」(※1)
〜里山が育み、人がつなぐ、梅づくり〜「みなべ・田辺の梅システム」とは、養分に乏しく礫質で崩れやすい斜面を利用して薪炭林を残しつつ梅林を配置し、400年にわたり高品質な梅を持続的に生産してきた、農業システムです。人々は、里山の斜面を梅林として利用し、その周辺に、薪炭林を残すことで、水源涵養や崩落防止等の機能をもたせ、薪炭林に住むニホンミツバチを利用した梅の受粉、長い梅栽培の歴史の中で培われた遺伝子資源、薪炭林のウバメガシを活用した製炭など、地域の資源を有効に活用して、梅を中心とした農業を行い、生活を支えてきました。また、人々のそうした活動は、生物多様性、独特の景観、農文化を育んできました。(「世界農業遺産 みなべ・田辺の梅システム」パンフレットより)
という絶妙な相互・連携作用が評価され、持続可能な農業を実践する世界的に重要な地域として世界農業遺産に認定、みんながwinwinな関係を育んでいるのです。最高級炭と最高級梅が同じ山で作られるとは知らずとても驚いたのですが、そんな土地柄と知ると、有機的なサイクルに包まれた穏やかな気が満ちているように感じられてきます。
梅システムの開設パネル
ところで長引くコロナ禍により、梅の持つ健康パワーにも注目が集まっています。そんな梅を科学的に分析したコーナーもあり、梅に含まれるカリウム、β-カロテン、エポキシリオニレシノール、クエン酸、オレアノール酸、シリンガレシノール、バニリンといった成分は、インフルエンザ・高血圧・食中毒・骨粗しょう症・糖尿病・胃がんの予防や、疲労回復、脂肪燃焼、抗酸化作用、血圧浄化作用、抗アレルギー作用に効果があるとされています。「梅はその日の難のがれ」と昔から言われていますが、いやいや梅を食べていれば「一生の難逃れ」になりそうです。これからは健康のために、1日1梅を目指していきたいと思います。
梅干しが長期保存できるのは知っていましたが、なんと江戸時代の梅干しが展示されていました
梅はデザイン化されて、様々な家紋にもなっています
個人的にうれしかったのが、梅料理のレシピをたくさん入手できたこと。レパートリーが増えそうです!
すっかり梅に詳しくなったら、今度は梅仕事にも挑戦です。続いて向かったのは「紀州梅干館」。梅干し工場の見学や梅に関するパネル展示、「梅干し作り」「梅ジュース作り」「梅酒作り」の体験、そして様々な味付けの梅干しなどを販売する直売所を備えた、まさに梅のテーマパークです。せっかく南高梅のふるさとに来たのだからと、今回は「梅干し作り」と「梅酒作り」のふたつに参加してきました。
南高梅は梅酒やジュースなどにする場合は枝についた青梅を収穫しますが、梅干しにする梅は完熟して自然落下した実を用います。梅畑の地面には青いネットが敷かれ、熟れた柔らかい実を傷つけずに集められるよう工夫が施されています。
みなべ町にある「岩代大梅林」。ところどころに見える青いのが梅を拾うネットです
(写真提供:公益社団法人 和歌山県観光連盟)
収穫した梅は、前述したように栽培農家の元で1カ月ほど塩漬けしたあと天日干しされ、塩分濃度約20%の塩辛い梅干し「白干し」にされます。このベーシックな梅干を加工業者が仕入れて、塩抜きをして様々な味付けをして仕上げます。今回の体験はこの味付け部分からを行い、約2週間で完成です。甘みの強いはちみつベースや旨みの効いたかつお梅ベースなど4種の調味タレを自分好みにブレンドして、オリジナル梅干を漬け込みます。
塩抜きした白干し300g、約15粒ほどを、自分好みに漬け込みます
完成しました! 残った梅酢で野菜などを付ければ、即席漬けも味わうことができます
私は甘すぎず、塩辛すぎずで、梅干しおむすびにしたときにベストな塩梅を目指してブレンド。目指す味になるかどうかドキドキでしたが、この切手旅を書いている最中に出来上がったので食べてみました。待った甲斐あり、小躍りするくらい好みの味わいで、自分で漬けた梅干しが思い通りの仕上がりだとこんなにも嬉しいものなのかと、新しい扉を開けたような喜びを知りました。梅干し作り、これからは趣味のひとつに加えようと思います。
梅酒づくりは160ml×3本作れるので、いろいろな味を楽しむことができます。梅酒の乾杯が待ち遠しいです
ちゃんとラベルもあって、製品らしく仕上げてくれる気遣いも嬉しい体験です
一方の梅酒づくりはベースのお酒と好きな砂糖を組み合わせて、3種の利き酒梅酒セットを作ります。私は、ブランデー&きび砂糖、日本酒&こんぺいとう、焼酎&氷砂糖の組み合わせに。こちらの梅は青梅を冷凍したものを用います。冷凍した梅を使った方が、繊維が壊れやすく早く作ることができそうで、自宅で作るときにも応用できるポイント技です。時々混ぜながら1カ月で完成。いずれも液漏れが心配ですし、重さもそこそこありますので、旅の最終日に自分へのお土産(※2)として体験するのがオススメです。
東京・有楽町にある和歌山県のアンテナショップ「わかやま紀州館」(写真提供:わかやま紀州館)
ところで「好みの梅干しの味が良くわからない」「今はまだ和歌山はちょっと遠い」という方もきっといらっしゃいますよね。そんな時はアンテナショップを活用してみてはいかがでしょうか。先日、梅旅に先駆けて梅干しリサーチのために、東京・有楽町にある「わかやま紀州館」を訪ねてきました。
お目当ては「梅本」。「和歌山の梅の魅力とその歴史をもっと多くの人に知ってもらいたい」と県内老舗メーカー6社選りすぐりの梅干しと梅菓子を食べ比べセットにしたもの。昔ながらの酸っぱい梅干しから、はちみつ仕立ての甘い梅干しと味わいは様々。梅のウンチクや観光マップなどを綴じこんだ冊子が付いていて、和歌山に思いを馳せるのに最適なアイテムです。これで好みの味を掴めば、舌が迷子にならずに済みます。
梅干し好きの私にとっては宝石の標本箱のように見えた「梅本」。
毎日、どれを食べようか、幸せな日々を過ごせました
梅干しコーナーには様々な味わいの梅干しがいっぱいです(写真提供:わかやま紀州館)
加工品やお菓子もあり、梅干し目当てで行ったのに、お寿司やカレーも買い込みました
(写真提供:わかやま紀州館)
店頭には梅干しはもちろん、梅酒やかんきつ類の加工品のほか、レトルトカレーやお菓子など和歌山名物が目白押し。和歌山をグンと近くに感じられました。通販もありますので、遠方の方もぜひサイトを覗いてみてくださいね。
※1 世界農業遺産(GIAHS:Globally Important Agricultural Heritage Systems)は、農業の大規模化、品種改良、化学肥料の大量使用などの近代化で失われつつある世界各地の伝統的な農業、農村の文化や景観、農業生物多様性を富む生態系を次世代へ保全・継承することを目的として、2002年から、国連食糧農業機関(FAO)が始めた認定制度です。持続可能な農業を実践する世界的に重要な地域として、マサイの牧畜(ケニア)やフローティングガーデン農法(バングラデシュ)など、アフリカ、ラテンアメリカおよびアジアなどの21カ国57地域(2018年12月現在)が認定されています。現在、日本では「みなべ・田辺の梅システム」など11地域が、世界農業遺産に認定されています。(「世界農業遺産 みなべ・田辺の梅システム」パンフレットより)
※2 酒税法違反にならないよう、体験ではアルコール度20%以上のお酒を使用していますが、他人にプレゼントせず、自分で消費するようにしましょう。
梅システムの風景印をいただきました
南部海岸から見た神島、ウメの花、梅干樽が描かれた南部郵便局の風景印
梅干し風景、ウメの実が描かれた上南部郵便局の風景印
炭焼きの窯出し、紀州備長炭が描かれた清川郵便局の風景印
せっかく梅旅に行ってきたものの日曜日だったので、今回も郵頼で風景印をいただきました。「みなべ・田辺の梅システム」にちなんで、梅干しと備長炭が描かれたものをピックアップしてみました。梅農家や薪炭職人の仕事風景が描かれていて、ほっと和む図案です。
切手旅ではいろいろな郵便局で記念押印や郵頼で風景印をいただいており、どの局員さんも丁寧に押印してくれています。今回お世話になった上南部郵便局からの郵頼返送封筒には、
「上南部郵便局の風景印は、みなべ町の基幹産業である「梅」を題材に梅干し作業の風景と、梅の木を描いているものです。
図案:神野 嘉雄 使用開始:1995(平成7)年9月4日」
と記された送付状が入っており、梅のことをもっと知ってもらいたい、という思いが感じられ、とても気持ちが和みました。本当に梅は誇りなんだなぁと感じます。
昔からの決まりごとを守り続けた結果、世界農業遺産に認定されるということは、裏を返せばほとんどが失われてしまっているということ。山が荒れた結果の土砂災害など、最近頻繁に耳にするようになりました。みなべ・田辺のように、昔ながらのサイクルを大切にする姿を見習わないといけないですね。
※ 風景印とは消印の一種で、風景入り通信日付印の略称。大きさは直径36ミリ。郵便局のある地域の名所旧跡や特産品、ランドマークなどが描かれています。手紙やはがきを出すときに、郵便局員さんに「風景印でお願いします」といえば、風景印を押して配達してくれます。また、はがき料金(2022年現在は63円)以上の切手を貼ったはがきや封書、台紙を用意して「風景印の記念押印」をお願いすれば、風景印を押して手元に返してもらえます。これを再び投函・郵送することはできませんが、記念品として手元に残すことができるので、風景印を集めることを趣味としている郵趣家もたくさんいます。
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みなべ町と田辺市の条例、おもしろいですよね。旅に出るとこうした地方ルールのようなものに出会うことがありますが、則ることこそ旅の醍醐味。一人旅でしたがおにぎりを頬張り、梅酒で乾杯しました。そして今日5月24日は待ちに待った梅酒の漬け上がり日。今夜はふたたび田辺式で乾杯する予定です。これから梅が出回る時期になりますし、皆さんもぜひ梅仕事をして、梅干しおむすびと梅酒を楽しんでみませんか?
【参考文献】
・『郵趣』2017年11月号 日本郵趣協会発行
・『郵趣』2017年12月号 日本郵趣協会発行
・『スタンプマガジン』2017年11月号 日本郵趣出版発行
・『郵趣ウィークリー』2017年9月1日 日本郵趣協会発行
・『郵趣ウィークリー』2018年12月7日 日本郵趣協会発行
・「みなべ町うめ振興館」入館パンフレット みなべ町うめ振興館
・『梅の郷ミュージアム 南部川村うめ振興館 常設展示図録』 南部川村うめ振興館 1999年3月
・「世界農業遺産 みなべ・田辺の梅システム」パンフレット みなべ・田辺地域世界農業遺産推進協議会
・「健康に欠かせない梅パワー」みなべ町役場うめ課
・「みなべ町紀州南高梅使用のおにごり及び梅干しの普及に関する条例」みなべ町条例第23号 平成26年9月26日議決 平成26年9月30日公布 パンフレット
【参考ホームページ】
和歌山県公式観光サイト わかやま観光 https://www.wakayama-kanko.or.jp/
わかやま紀州館 http://www.kishukan.com/
みなべ観光協会 https://www.minabe-kanko.jp/
みなべ町うめ振興館 http://www.town.minabe.lg.jp/docs/2013091100182/
紀州梅干館 http://www.umekan.com/
和歌山県の農業 https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/020300/kids/wakadata/nogyo.html
紀州田辺うめ振興協議会 https://www.tanabe-ume.jp/
紀州梅の会 https://www.tanabe-ume.jp/umenokai/
「紀州梅の会 6月6日は「梅の日」 食料新聞2021(令和3)年6月1日第5059号1面 https://www.syokuryou-shinbun.com/
【写真協力】
公益社団法人 和歌山県観光連盟
わかやま紀州館